サミュエル・サトシ著『マン・イン・ザ・ミラー』

友人であるホームメード家族のKUROことサミュエル・サトシさんの小説処女作。
著者とはSEAMOさんのライブ打ち上げ会場で、とあることを自慢し合ってケタケタ笑い転げた仲。
男同士が仲良くなるのはやはりアレしかない……

けしからん!

インパーソネーターとは?

そのサミュエル・サトシさんが描いたのは、インパーソネーター。
日本では馴染みのうすい職業にスポットライトを当てた作品だ。
インパーソネーターは、世にいるスーパースターをそっくりそのまま真似るらしい。
モノマネ番組に出てくるモノマネスターたちとは一線を画し、本当に本物に似せるので笑い要素はないらしい。

物語の主人公はマイケル・ジャクソンのインパーソネーター。

本物に限りなく近づけても、「絶対に」本物にはなれないことへの葛藤・苦悩などが書き綴られている。

印象的だったのは、

・序盤のヒロインとのPVを撮るシーン
・渋谷AXで行われたワンマンライブで神がかったパフォーマンスをしたシーン

ずっと哲学書や経営指南書などを読んでいたので、久しぶりの小説は新鮮だった。
JKF(ジャパンキックボクシングフィットネス)のHP上で書評・映画評をやるようになってからも初の小説になる。

処女作とは思えぬ筆者の文章力(情熱?)で空想の世界へとグイグイ引きずり込まれた。
ジムのお花見で早朝から場所取りしているときも、時間をすっかり忘れさせてくれた。

image-サミュエル・サトシ著『マン・イン・ザ・ミラー』 - JKF池下

マイケル・ジャクソンといえば、私もドンピシャの世代。
小学生時代、母親の車に乗っているとき、カーステレオから流れるのはアルバム『スリラー』が多かった。
もちろんまだカセットテープの時代である。

今の20代の人たちは、カセットテープを経験していないかもしれない。
また、今の中高生は、CDも経験していなければMDも使ったことがないかもしれない。
ひょっとしたらiPodも知らないのではないか。
今はどこか宙に浮いているような音楽を、電波によってダウンロードする時代だ。
そう、今はもう、

モノがなくなってしまったのだ。

モノのある時代からモノのない時代へ

そう考えると1981年生まれ(早生まれ)の私は、大変貴重な時代を生きていることを実感する。

レコードがギリギリ生き残っている時代に生まれ、アナログながらもカセットテープによって小型化を実現し、車でも自分の好きな音楽が聴けるように。
そして小学生の時に、CDというイノベーションが起こり、アナログからデジタルへとパラダイムシフトした。

ちなみに私が一番最初に買ったCDはシングル盤の長渕剛『とんぼ』と山下達郎『クリスマス・イブ』である。
渋いでしょう?
いつからかCDはアルバムタイプのものが主流になったが、まだ出始めだったころはこんな形の細長いCDも数多く販売されていた。

image-サミュエル・サトシ著『マン・イン・ザ・ミラー』 - JKF池下

高校に入るとMDが登場。
それまではCDからカセットテープでないと、好きな曲だけを入れたオムニバスアルバムを作ることはできなかった(素人の自分には)。
しかしMDの登場によって、デジタルからデジタルへと音質をほとんど低下させることなく曲を移すことが可能になった。

大学に入ってから、私は『Kneeking Record』というレーベルを勝手に作った。
そして有名な曲からマイナーな曲まで、自作のMDを数多く作って友人知人恋人にプレゼントしていた。
しかもオリジナルのジャケットもデザインして作ったり、表紙に短文の詩をつけたりして(今も似たことやってる)。
もらって困るプレゼントの筆頭である(今も似たことやってる)。

「いいから俺の選んだ曲を聞いてくれ。世の中にはいい曲がたくさん埋もれているんだ」

そして音楽は雲の中へ

MDのあと、音楽業界に激震を走らせるMP3プレーヤー『iPod』が産まれた。
今のアーティストにとっては、「産まれてしまった」という表現の方が正しいだろうか。
Mac限定ではなくWindowsでも使えるようになって利用者は爆発的に増加した。
まさかあんな小さな機械の中に、数千曲も音楽を持ち運べるなんて。

私がiPodを手にしたのは2005年。
名古屋にアップルストアが出来た直後に買ったものだ。
練習が休みの日には、手持ちのCDを片っ端からiPodに入れていく作業に没頭しいていた。
しかも一曲一曲5段階評価で☆をつけ、音量自動調整機能もなかったので自分で一曲ずつバランスを考えて調整したりもしていた。

image-サミュエル・サトシ著『マン・イン・ザ・ミラー』 - JKF池下

そして今や、音楽は雲の中、つまりクラウドでの配信が主流になってきた。

この先はモノがない時代である。
私たちはモノのある時代を生きてきた。
その狭間にいる私たちは、大変貴重な経験をしているといえる。

この先も技術は大いに発展し、革新的なことはスピードアップしてどんどん起こるだろう。
しかし、モノ自体がなくなった今、アナログからデジタルに変わった今、モノに対する根本的な価値観は、これまで生きてきた人と、これからしか知らない人とでは何か根本的に違うと思う(どちらがいいという話ではなく)。

これはカセットテープからCDへのパラダイムシフト以上の出来事だ。
なんせモノがある時代からモノがない時代に移り変わるのだから。

稀代のスーパースター、マイケル・ジャクソンのインパーソネーターが題材の小説を読んで、深く考え込んでしまった次第である。

最後に・Beat it について

ちなみに主人公は『Beat it』に衝撃を受けたのがキッカケで、インパーソネーターを目指したという。

私もこの曲には思い入れがある。

デッーロデロデー♪ デッーロデッデ♪

という前奏部分をいたく気に入っていたのだ。
この時期はちょうど、スーパーファミコンの発売前であった。
予約済みの私は、毎日ワクワクドキドキしながら発売日を待ちわびていた。
お目当てだったのは『ポピュラス』というシミュレーションゲーム。
仕方なく抱き合わせにされていた『エフゼロ』というレースゲームも予約していた(私はアクション系のゲームが得意でない)。

image-サミュエル・サトシ著『マン・イン・ザ・ミラー』 - JKF池下

車で『Beat it』が流れると決まって、「ねえ、エフゼロのオープニングはこの曲みたいなんじゃない?」と母親にいつも尋ねていた。
そして母親は毎回生返事。
冷静に振り返ってみると、そりゃ「ん〜」とか「あ〜」の生返事くらいしかできないわな。

結果、発売後にエフゼロの音楽を聴いてみたら、似ても似つかぬ曲だった。
しかし私は今でも、スーファミのエフゼロには、マイケル・ジャクソンの『Beat it』の前奏

デッーロデロデー♪ デッーロデッデ♪

が、一番合うと思い込んでる。

というわけで、自分の考察や思い出話でぐだぐだと長くなったが、友達のサミュエル・サトシさんの処女作を、どうぞ応援よろしくお願いします。

お世辞抜きで純粋に楽しめます。

内気な少年が一つの出会いによって、人生を大きく変えていく作品です。
それはもう、私がキックボクシングによって、人生を大きく変えていったように。

人生には限りがあります。
何か熱中できるもの、応援したいものを通じて、自分だけの居場所を見つけられたら……幸せな人生ですよね。

どうかあなたにも自分だけの居場所が見つかりますように。

それはキックボクシングかもしれないし、ダンスかもしれないし、自分の中のスーパースターかもしれないし。

明るく生こまい
佐藤嘉洋