映画『タイタンズを忘れない』

『タイタンズを忘れない』は、日本では2001年に上映された。なんともう20年も前のことである。

私はこの映画を、名古屋市港区の大型ショッピングモール「ベイシティ(2020年11月閉館)」で観た。
名古屋では唯一のシネマコンプレックスだった。
当時はまだ狭い映画館が主流だったので、身長の高い私はこの快適空間によく通っていた。

image-映画『タイタンズを忘れない』 | 名古屋池下のキックボクシングフィットネスジム

昨年のラグビーW杯に感動した際、『タイタンズを忘れない』を久しぶりに観たくなった。
実家に置いてあった未開封のDVDを母親が持ってきたこともあり、ちょうどいい機会かと思い観賞した次第。
しかし私は、ここでラグビー関係者に謝らなければならない。
『タイタンズを忘れない』は、

ラグビーではなくアメフトが題材だった

のである。
K-1とムエタイを同じように扱うのと同じである。

しかしこんな私も、K-1とムエタイ、キックボクシングの違いを20年以上説明し続けている。どうかご容赦願いたい。

事実から学ぶか、事実を消すか

image-映画『タイタンズを忘れない』 | 名古屋池下のキックボクシングフィットネスジム

ストーリーは、デンゼル・ワシントン演じるヘッドコーチが率いる高校生のアメフトチームを軸に、白人と黒人の人種差別問題を描いた。
しかし地上波放送されたとき、人種差別的な映像の多くはカットされていたような気がする。

そして改めてノーカット版を見てみた。
今は許されていなくとも、過去にはこのような映像が世界中の映画館で上映されていたのである。

「ひどい時代もあった」ということを知るには、残酷な過去の現実に目を向けるとわかりやすい。
当事者には辛い現実かもしれないが、部外者がその辛さを1ミリでも多く知るためには、事実を知るしかない。
もちろん、映画はエンターテイメントなので全てを鵜呑みにはできない。
だが一応、事実をもとに作られ、世界中で上映が許可された映画だ。
ノーカット版では過激な描写もあるけれど、当時の社会情勢をなんとなくは感じ取ることができる。

辞書も同じで、発売された時期によって微妙にニュアンスが変わってくる。
たとえば、「恋」

恋…特定の異性に深い愛情を抱き〜(2011年刊行、新明解国語辞典第七版)

恋…特定の相手に深い愛情を抱き〜(2020年刊行、新明解国語辞典第八版)

過去の国語辞典を読み解くことで、その時代の根本的な考え方もわかる。
これを不適切だといって映像や言葉自体を抹消すると、事実を直視する手段が一つ減る。焚書に近い。

私は、

知らないことが差別につながる。

と考えている。

優しさも差別になる

黒人選手がヘッドコーチの采配に不服な態度を取る場面で、ヘッドコーチは全員に対して一律に厳しい態度を貫き、白人のコーチは黒人選手に優しい言葉をかけた。
それを目の当たりにした黒人のヘッドコーチは、白人のコーチに問いかけた。

「あなたは相手が白人でも同じことをするか? いや、厳しい態度を取ったはずだ。『黒人だから』優しくするのは止めてもらいたい。その優しさは、彼にとってマイナスに働く。甘やかせると人生を台無しにする」

人種に限らず、差別における善良な人々の「かわいそうに」という一見優しい気持ちは、実は相手を傷つけている場合もあることも自覚しておきたい。
それはある意味、相手を見下していることに繋がりかねない。

差別はなくならない

合わないと思う人間を、無理に好きになる必要はない。
しかし、相手を知ることはできる。
相手を知れば、相手を認めることができる。

黒人なりのジョークも最初は通じなかった。
しかしそのジョークも、チームメイトの黒人がそれとなく白人のチームメイトに教えてやると互いに意気投合できた。

image-映画『タイタンズを忘れない』 | 名古屋池下のキックボクシングフィットネスジム

お互い嫌いでも 相手を認めれば いつの日か 人として向き合える。

デンゼル・ワシントン役のヘッドコーチ

image-映画『タイタンズを忘れない』 | 名古屋池下のキックボクシングフィットネスジム

差別を受けている黒人たちにも被害妄想はあって、それを面倒くさいと感じる部分はある。
しかし、差別を受けていない人からすれば、彼らの本当の気持ちはわからない。
両者の溝は、現代も思いのほか深いのだろう。

生まれたときからDNAに刻み込まれた思想は、いきなりガラリと変えられるものではない。
しかし、変わっていくこと、知ろうとすること、認めようとすることの努力は互いに必要だ。

自分の親が思う韓国や中国などに対する感情と、自分の気持ちはかなり違う。
韓国ではK-1の解説やインタビューで行き、中国ではキックボクシングの試合や記者会見、引退式やTV出演などで何度も訪れている。
これからだって何度も行くことだろう。
私の人生には、韓国や中国の友人がいる。
国と国にはいろいろと問題があるけれど、人と人とは分かり合える。
少なくとも私の人生はそうだ。
自分が努力し続けていけば、次世代の差別感情はより軽減されていくと期待している。
どちらかが悪い、ということを突き詰めると、根本的な問題はいつまでも解決しない。

「差別はなくならない。誰にでも差別感情はある」と私は考えている。

しかし、

相手も自分と同じ人間だ

という思想を根底に少しでも取り入れることができれば、差別はなくならないけれど、少しずつ軽減できると考えている。

明るく生こまい
佐藤嘉洋

【関連リンク】

ぶる~と通信Vol.143 ラグビーW杯について
http://brht.jp/seikotsuin/2019/12/vol143.html