梅原猛著『空海の思想について』

image-梅原猛著『空海の思想について』 | 名古屋池下のキックボクシングフィットネスジム

まず、自分はまったくの無知だな、と改めて反省したのが弘法大師は空海のことだったということ。また、弘法を「こうぽう」と読んでいたが、「こうぼう」だったということ。

空海は密教を教え、それはまた真言宗の元となった。仏教やキリスト教は現世を否定的なもとして捉えているが、密教は違った。

普遍化させた欲望そのものは大欲として肯定され、そして世界そのものは仏教の歴史において存在しなかった強い全面肯定の感情で、ほぼ全面的に受け入れられるのである。

世界というものは素晴らしい。それは無限の宝を宿している。

欲を持ったっていい。今、生きていること自体奇跡なのだから、今生を大いに楽しめ、と。つまり、今生を大いに生き切れということなのだと解釈している。今生で生き切れないヤツが来世(というものがあるのなら)を生き切れるわけがないのだ。

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魂の直感のまま書いた謎の犬。陽気なケルベロス?

密教は彩も大事にしたようだ。日本人の根幹に根付く侘び寂びの精神とはちょっと違う。赤・青・黄・白・黒を大いに使って表現した。私はどちらかというと、最澄や親鸞、道元などと比べると空海寄りな気がする。絵を描けばほとんどが色で溢れているからだ。横山大観を少しだけ勉強したが、あの淡い色には到底たどり着かない。

 

空海は即身成仏、つまり自分自身こそが仏であると考える。空海は何をやらせても天才的な腕前を見せていたらしい。空海こそ超人であり、超人思想の持ち主だったに違いない。超人思想を提唱したニーチェは『ツァラトゥストラ』で「人間こそが神だったのだ!」と主人公ツァラトゥストラに語らせている。

ここまで西洋哲学、中国古典といろいろ学んできたが、そろそろ日本の哲学を学ぶ段階に来たのかもしれない。ただし、空海を気に入ったからといって、最澄、親鸞、道元という他の偉大な日本の思想家を蔑ろにはしまい。

他を知ってこそ、自らを知ることができる。

見て見ぬ振りをするのは弱者のすることだ。

超人を目指すなら、自分とは違う意見も一度は受け入れ、咀嚼せねばなるまい。

キックボクシングで名古屋から日本を元気に!という壮大な目標を掲げるなら、他業種のフィットネスのことも知っておかなくてはならないし、流行っているジムのことも学んでおかなくてはならない。

 

逃げるな。ずっと戦ってろ。それが一番楽しいんだ。

 

明るく生こまい
佐藤嘉洋